マルチマイコトキシン分析法のための ACQUITY™ Premier UPLC のメリット
要約
マルチマイコトキシン分析法では通常、さまざまな化合物に対する不均等なレスポンス、LC システムにおけるキャリーオーバー、マトリックス効果などの課題が生じます。これらの要因はバリデーション実験に影響を及ぼし、分析法の性能に大きな影響を与える可能性があります。これらの課題に対処するため、ウォーターズは MaxPeak™ High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用した ACQUITY Premier システムおよび分析カラムを開発しました。本研究では、これまでに開発したマルチマイコトキシン LC-MS/MS 分析法の新しい ACQUITY Premier システムへの移管に成功し、従来の UPLC と比較してフモニシンのキャリーオーバーが約 80% 低減することが確認できました。さらに、直線性、精度、ピーク形状、保持時間の安定性の点で非常に良好な分析法の性能が達成できました。
アプリケーションのメリット
- ACQUITY Premier システムとカラムにより、従来の UHPLC システムと比較して、フモニシンのキャリーオーバーが効果的に低減
- ACQUITY Premier システムでは、移動相または洗浄溶液に対する金属キレート剤の添加が不要
- 洗浄のサイクル数を減らすことができるため、ACQUITY Premier システムでの分析スループットが向上
- 非常に良好な直線性、精度、ピーク形状、保持時間の再現性が得られ、SANTE/12089/2016 性能ガイドラインに適合
はじめに
ウォーターズでは以前、「直接希釈注入」サンプル前処理手順に基づいた規制対象のマイコトキシン向けの UPLC-MS/MS 分析法を開発しており、その後、より多くの天然毒素を測定できるように分析法を拡張しました1,2。 マルチマイコトキシン分析法には通常、以下のような課題があります。毒素化合物の化学的多様性により、一部のクラスの化合物において、LC システムでの不均等なレスポンスファクターおよびキャリーオーバーという問題が生じます。また、さまざまな食品・飼料製品の複雑さにより、重大なマトリックス効果がしばしば生じます。これらの課題は、バリデーション実験に影響を及ぼし、分析法の性能に大きな影響を与える可能性があります。
効果的なクリーンアップステップをサンプル前処理プロトコルに取り入れることで、UPLC-MS/MS システムに導入される望ましくない共抽出物の量を減らすことができ、マトリックス効果の影響を軽減して、分析法の頑健性を高めることができます3。また、Xevo™ TQ-Absolute 質量分析計などの高感度タンデム四重極 MS を使用することで、マトリックス効果を軽減することができ、高いサンプル希釈係数(最大 100 倍)を適用することができます。
最新の LC モジュールを使用する場合、少量のサンプルまたは分析種が流路のどこかにトラップされることがよくあり、連続したクロマトグラムで予期しないピークや余分なピーク(ゴーストピーク)が生じることがあります。これは一般に「キャリーオーバー」と呼ばれ、液体クロマトグラフィーで最も腹立たしい問題の 1 つであり、高濃度スタンダード/サンプルの注入後のブランク注入における面積比で 3 ~ 20% もの値に達することがあります。ウォーターズの別の研究では、フモニシン B2(FB2)のキャリーオーバーを検討し、これをケーススタディとして、異なるインジェクターシステムおよび構成を使用した後に流路に残る分析種の量を最小限に抑えるためのさまざまな戦略を比較しました4。 FB2 および類似の化合物の化学特性により、再現性が悪く、偽陽性の結果が生じる可能性があります。このような理由から、キャリーオーバーを許容レベルまで減らすことが重要です。キャリーオーバーを削減するためには通常、移動相またはサンプル希釈液にエチレンジアミン四酢酸(EDTA)やクエン酸などのキレート剤を添加します。ただし、キレート剤はイオン化抑制を引き起こす可能性があり、LC システムから除去するのが困難になる場合があります。
これらの課題に対処するため、ウォーターズは MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier システムおよび分析カラムを開発しました5。 HPS は、エンチレン架橋型シロキサン基を含む高度に架橋された層で構成され、流路内の金属表面との望ましくない相互作用を軽減する非常に効果的なバリアになります。
本研究では、これまでに開発したマルチトキシン分析法を新しい ACQUITY Premier UPLC システムに移管し、金属キレートによりステンレス表面に部分的に吸着することが知られているマイコトキシンのキャリーオーバーが MaxPeak HPS テクノロジーによって低減できるかどうかを評価しました。システムの感度、保持時間の再現性、ピーク形状、および全体的な分析法の性能も SANTE ガイドラインに従って評価しました6。
実験方法
サンプルおよびスタンダードの調製
小麦、オート麦、全粒粉のサンプルを、以前の研究に基づいた手順に従って抽出しました1,2。簡単に説明すると、均質化したサンプル 5.0 g を 50 mL のプラスチック遠心チューブに入れ、20 mL の 79:20:1 MeCN:H2O:酢酸(v/v/v)で 10 分間抽出しました。5,000 g 超で 6 分間遠心分離した後、上清の一部を直径 13 mm、孔径 1.2 µm のグラスファイバーシリンジフィルターでろ過し、水で 1:5 に希釈して(100 µL の抽出物を 400 µL の H2O と混合)直接 LC バイアルに入れて、全体としての希釈係数が 20 倍になるようにしました。LC-MS/MS 分析を行う前に、13C 標識内部標準を含む 10 µL の内部標準混合物を各バイアルに添加しました。
ストック混合液の連続希釈により、ターゲット分析種を含む溶媒の検量線を調製しました。この時、溶媒の組成は H2O:MeCN 95:5(v/v)に保ちました。500 µL の各キャリブレーションスタンダードに 10 µL の内部標準を加えました。
液体クロマトグラフィーの条件
クロマトグラフィーシステム: |
標準の ACQUITY UPLC I-Class PLUS および ACQUITY Premier UPLC(バイナリーソルベントマネージャー搭載) |
オートサンプラーおよびインジェクター: |
ニードルサイズ 15 µL のフロースルーニードルインジェクター(FTN)、および注入バルブのポート 6 と APH の間に取り付けた 50 µL の HSP 延長ループ(製品番号:700012825)。 |
カラム: |
標準システム:ACQUITY UPLC BEH C18 1.7 µm(製品番号:186002352) Premier システム:ACQUITY Premier BEH C18 1.7 µm(製品番号:186009453) |
移動相: |
水系:1 mM 酢酸アンモニウム水溶液 + 0.3% 酢酸 + 0.1% ギ酸(v/v) 有機:メタノール + 0.3% 酢酸 + 0.1% ギ酸(v/v) |
ニードル洗浄溶媒: |
水:メタノール:アセトニトリル:イソプロパノール:アセトン 20:20:20:20:20 + 0.1% ギ酸(体積比) |
シール洗浄溶媒: |
水:メタノール 80:20(v/v) |
カラム温度: |
40 ℃ |
サンプル温度: |
15 ℃ |
注入量: |
5 µL |
流速: |
0.40 mL/分 |
質量分析条件
質量分析システム: |
Xevo TQ-S micro |
イオン化モード: |
ESI+/-(極性切り替え) |
取り込みモード: |
マルチプルリアクションモニタリング(MRM) |
キャピラリー電圧: |
+0.75/-0.3 kV |
コーンガス流量: |
50 L/時間 |
脱溶媒温度: |
600 ℃ |
脱溶媒ガス流量: |
1,100 L/時間 |
イオン源温度: |
150 ℃ |
分離: |
MS1 ユニット、MS2 ユニット |
データの取り込みと解析: |
定量のための waters_connect™(v. 1.1) |
注:最適化した MRM トランジション、コーン電圧、コリジョンエネルギーの包括的なリストは、以前の研究で報告されています7。
結果および考察
キャリーオーバーの低減
田村らは、フモニシン中の解離したカルボキシル基がサンプル流路で金属とキレートを形成し、後続の注入で分析種のキャリーオーバーが起こることを実験的に確認しています8。
この 2 つのシステムにおいてマイコトキシンのキャリーオーバーを評価する実験を行いました。この実験では、溶媒ブランク 3 回、上位レベルのキャリブラント 1 回、溶媒ブランク 6 回のシーケンスで複数回取り込みを行い、キャリーオーバーを面積割合 (CO [A%]) およびシグナル対ノイズ比(S/N r/r)で計算しています4。
図 2 に、異なる日に 2 回繰り返し行った実験の結果を報告します。この図では、キャリーオーバーが LLOQ を超える値に達しているブランク注入は赤色で示され、キャリーオーバーの値が LLOQ の 65% 以内の場合は黄色、値が LLOQ を下回る(すなわち許容可能と見なされる)場合は緑色でそれぞれ示されています。標準の ACQUITY I-Class および他のベンダーの UHPLC では、高濃度のスタンダードや重度に汚染されたサンプル(この場合 2,000 µg/kg FB2)を注入した後、FB2 のレベルを定量下限(LLOQ = 15 µg/kg)未満にするのに、通常 2 ~ 3 回のブランク注入が必要になります。一方、ACQUITY Premier システムでは、1 回目の後続のブランクでの FB2 のレスポンスは LLOQ と同等あるいは LLOQ を下回っており、2 回目のブランクでは FB2 のレベルは定量不能なレベルでした。この結果、同じシーケンス内での洗浄サイクルの回数や時間を減らすことができ、ACQUITY Premier での分析スループットが向上します。さらに、実験を繰り返した結果、非常に類似した値が得られ、結果のさらなる信頼性が得られました。
図 3 に、ACQUITY Premier システムでの上位レベルのスタンダードと後続の溶媒ブランク注入の FB2 トレースおよびピーク面積の比較を示します。
フモニシン B1(FB1)について、標準的な ACQUITY I-Class システムでは、キャリーオーバー値は 30、14、8 µg/kg と同等であり、2,000 µg/kg のスタンダードの注入後は後続のブランクで検出不能でした。ACQUITY Premier システムでは、1 回目のブランクですでにキャリーオーバーレベルが LLOQ 未満であり、2 回目のブランク注入では検出可能なピークはありませんでした。
これらの結果から、ACQUITY Premier システムでは、金属表面への分析種の吸着を顕著に低減する効率的なバリアとして作用する HPS テクノロジーにより、マイコトキシンのキャリーオーバーが大幅に低減するため、使用が有益であることが明らかになりました。
全体的な性能比較
ルーチン食品・飼料検査ラボでの通常のシーケンスが再現されるように分析のシーケンスを設定することにより、マイコトキシンが含まれる穀物サンプルと既知濃度の 12 種類の規制対象マイコトキシンをスパイクしたサンプルを、両方の構成を使用して分析しました(図 4)。精度、感度、直線性、ピーク形状などの全般的な分析法の性能を 2 つのシステムで評価しました。
いずれのシステムでも、すべてのマイコトキシンに対して非常に良好な直線性が示され、決定係数(R2) > 0.99、残差は ±20% 以内でした。定量下限(LLOQ)は同等でしたが、ACQUITY Premier では一部の化合物についてわずかに高いピーク面積と S/N 比が認められました。表 2 に、LLOQ と分析法の直線性の範囲を報告しています。図 5 には、代表的な 2 種類のマイコトキシンの LLOQ レベルでのピークレスポンスと S/N 比の比較を示します。
マイコトキシンが含まれるサンプルとスパイクサンプルの 3 回繰り返しにわたって計算した再現性試験の条件下での相対標準偏差(RSD%)は、両方のシステムにおいて、すべての分析種について 10% 未満でした。すべての分析種について、同じシーケンス内で保持時間の偏差が 0.006 分未満と、非常に良好な保持時間の再現性が得られました。さらに、2 つのシステム間で同等のピーク形状が得られました。一例として、図 6 に、15 の穀物サンプル中の FB2 のクロマトグラフィーのトレースを報告しています。いずれのシステムでもテーリングのないガウスピークが得られたことが注目されます。
結論
内部標準化されたキャリブレーションを備えた、以前に開発されたマルチマイコトキシン分析法を、LC 条件の変更を最小限に抑えて、新しい ACQUITY Premier システムに移管することに成功しました。異なるバッチの複数の繰り返しを含む食品サンプルの通常のルーチン分析を実行した場合、同等の分析法の性能が得られました。SANTE ガイドラインで定義されているように、すべての分析種について、非常に良好な直線性、精度、ピーク形状、保持時間の再現性が認められました。
ACQUITY Premier システムの主なメリットは HPS テクノロジーにあり、フモニシンのキャリーオーバーを約 80% 低減できました。これにより、移動相およびニードル洗浄溶液中の金属キレート剤を除くことができ、同じシーケンス内で必要な洗浄サイクルが減るため、分析スループットも向上しました。
参考文献
- Dreolin N. and Stead S. LC-MS/MS Method Development and Validation for the Quantitative Determination of Regulated Mycotoxins in Cereal Grain Flours Using Simplified Sample Preparation Conditions on Xevo TQ-XS.Waters Application Note, 2019, 720006685.
- Dreolin N.; Foddy H.; Hird S.; Hancock P. and Jenkins T. Development of a Multi-Toxin UPLC-MS/MS Method for 50 Mycotoxins and Tropane Alkaloids in Cereal Commodities.Waters Application Note, 2021, 720007476.
- Dreolin N.; Foddy H.; Hird H.; Hancock P. and Jenkins T. Improve the robustness of an LC-MS/MS method for the determination of multiple mycotoxins in a range of food matrices.Waters White Paper, 2022, 720007521EN.
- Dreolin N. Carryover in UPLC methods: the case-study of fumonisins B2.Waters White Paper, 2020, 720006826en.
- Walter T. H.; Trudeau M.; Simeone J.; Rainville P.; Patel A. V.; Lauber M. A.; Kellet J.; DeLano J.; Brennan K.; Boissel K.; Birdsall R. and Berthelette K. Low adsorption UPLC system and columns based on MaxPeak High performance Surfaces: the ACQUITY Premier solution.Waters White Paper, 2021, 720007128en.
- SANTE/12089/2016.Guidance document on identification of mycotoxins in food and feed.Implemented by 01/01/2017.
- Dreolin N.; Stead S.; Hird S.; Jenkins T. Determination of Regulated and Emerging Mycotoxins in Cereals, Nuts, Figs, and Animal Feeds Using Pass-Through SPE and UPLC-MS/MS. Waters Application Note, 2021, 720007377.
- Tamura, M.; Matsumoto, K.; Watanabe, J.; Iida, J.; Nagatomi, Y.; Mochizuki, N. Minimization of carryover for high-throughput liquid chromatography with tandem mass spectrometry analysis of 14 mycotoxins in corn grits.Journal of Separation Science.(2014).DOI: 10.1002/jssc.201400099.
720007773JA、2022 年 10 月